「席数は増やせないのに、空いている時間だけが過ぎていく」——これは多くの小規模飲食店に共通する悩みです。いま海外では、1つの厨房から複数のデリバリー専用ブランドを同時に走らせ、この“売上の穴”を埋める手法が急速に広がっています。米国では独立系レストランの約4割が、すでに何らかのバーチャルブランドを運営しているという調査もあります。設備投資をほとんど増やさずに売上を上乗せできるこの発想は、席数の限られた日本の小箱にこそ効きます。本記事では、仕組みと経済性、日本で始める際の実務ポイント、そして失敗しないための注意点を整理します。
ニュースの要点:1つの厨房で複数の“看板”を持つ
バーチャルレストラン(仮想ブランド)とは、同じ厨房・スタッフ・設備を使いながら、デリバリープラットフォーム上では別の店名・別メニューで営業する手法です。たとえば同じ厨房から、昼は「本格カレー専門店」、夜は「揚げたて唐揚げ専門店」といった具合に、複数のブランドを同時に出店します。Uber Eatsなどのプラットフォームでは、1つの住所・1つの厨房から複数の仮想店舗を登録することが可能です(出典:Food’s Route Magazine、WannaEat「FOOD-NEXT for U」)。
海外ではこの動きがさらに進み、AIでブランドごとのメニュー構成や価格を最適化する事例も登場しています。米国では独立系レストランの約41%が最低1つのバーチャルブランドを運営しているとの推計もあり(出典:GrowthFactor)、もはや特別な業態ではなく“通常運転の一部”になりつつあります。一方、日本ではまだ浸透しきっておらず、先行者が優位を取りやすい領域といえます。
背景:なぜ「複数ブランド」が経済的に成り立つのか
ポイントは固定費と変動費の分け方にあります。厨房の家賃、基本的な設備、人件費といった固定費は、ブランドを1つ増やしても大きくは変わりません。増えるのは主に食材や容器といった変動費だけです。つまり2つ目・3つ目のブランドは、固定費を新たに負担することなく、注文が入ったぶんだけコストが乗る構造になります。海外の解説では「1つの厨房でバーガー、ポキ、パスタを別ブランドとして出せば、コストを3倍にせずに“狙える市場”を3倍にできる」と表現されています(出典:GrowthFactor)。
既存店にとっての魅力は、アイドルタイム(客足の少ない時間帯)の活用です。ランチとディナーの間の時間や、席が埋まりにくい平日昼などに、デリバリー専用ブランドの注文を取り込めば、遊んでいた厨房と人手を売上に変えられます。新たに店舗を借りる必要がないため、初期投資のハードルも低く抑えられます。
店舗運営への影響:チャンスと“手数料”という現実
最大の注意点は、デリバリープラットフォームの手数料です。日本の主要サービスの手数料はおおむね次のような水準とされています(各社・代理店の公表情報より。プランや配達方法で変動します)。
| サービス | 手数料の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| Uber Eats | 注文の約30%(標準) | 月間注文数が多いほど割引。自店配達なら手数料は下がるが、別途条件あり |
| 出前館 | 約35%(サービス手数料10%+配達代行25%) | 自店スタッフが配達する場合は配達代行分がかからない |
売上の3割前後がプラットフォームに引かれる前提では、原価・容器・手数料を差し引いても利益が残るメニュー設計が不可欠です。海外の実務指標では「1ブランドあたり1日40件・利益率18%を90日で達成できたら次のブランドを追加する」といった目安も示されています(出典:GrowthFactor)。数字はあくまで海外基準ですが、「感覚ではなく撤退・拡大の基準を先に決めておく」という考え方は日本でも有効です。
また、プラットフォーム側の規約変更や手数料改定は収益構造に直接響きます。利益率を自社でコントロールしにくい点は構造的なリスクであり、1つのサービスに依存しすぎない設計が望まれます(出典:WannaEat「FOOD-NEXT for U」)。
経営者が取るべき対策
1. まず「営業許可」を保健所に確認する
同一厨房で複数ブランドを運営する場合でも、飲食店営業許可は必要です。申請時に「その他、営業に使用する屋号」といった別紙へ運営する全ブランド名を記載して届け出るのが一般的とされています(出典:くりはら行政書士事務所)。ただし営業形態や施設の契約内容によって扱いが変わるため、必ず管轄の保健所に事前相談してください。既存店の厨房を使う場合でも、追加の届出が必要になるケースがあります。
2. 既存メニューと“素材が重なる”ブランドから始める
いきなり全く別ジャンルを増やすとオペレーションが破綻します。まずは今ある食材や調理工程を流用できるブランドを1つだけ追加するのが安全です。たとえば揚げ物設備があるなら唐揚げ・フライドチキン系、米を炊いているなら丼・カレー系、といった具合に、仕込みと在庫を共有できる組み合わせを選ぶと、食材ロスもオペ負荷も抑えられます。
3. 手数料を織り込んだ価格・原価設計にする
店内価格をそのままデリバリーに転用すると、手数料で利益が消えます。デリバリー用は容器代と手数料を織り込んだ価格に設定し、原価率をメニューごとに管理しましょう。単品よりセットやサイドで客単価を上げる、配達距離を絞るなど、1件あたりの利益を確保する工夫が効きます。
4. 撤退・拡大のラインを先に決める
複数ブランドは「増やすほど良い」わけではありません。一定期間で目標の注文数・利益率に届かないブランドは早めにたたむ、という基準をあらかじめ決めておくと、傷が浅く済みます。逆に基準を超えたら次のブランドを検討する、と決めておけば、感覚ではなくデータで判断できます。
5. プラットフォーム依存を分散する
手数料改定や規約変更のリスクに備え、複数サービスへの出店や、自社サイト・LINEでの直接注文など、注文の入口を分けておくと安定します。デリバリーで認知を広げつつ、リピーターは手数料のかからない自社チャネルへ誘導する設計が理想です。
まとめ
1つの厨房から複数のデリバリー専用ブランドを回す手法は、設備投資を増やさずにアイドルタイムを売上に変える現実的な一手です。日本ではまだ浸透しきっておらず、いま取り組めば先行者になれる余地があります。一方で、手数料が3割前後かかること、営業許可の届出、オペレーションの複雑化といった落とし穴もあります。まずは保健所への確認と、既存メニューと重なる1ブランドの追加から、小さく試してみてはいかがでしょうか。
出典
- GrowthFactor「Ghost Kitchens in 2026: What the Data Says」https://www.growthfactor.ai/resources/blog/ghost-kitchen-site-selection
- Food’s Route Magazine「バーチャルレストランとゴーストレストランにはどんな違いがあるのか」https://foods-route.jp/content/ghost-virtual-difference
- WannaEat「FOOD-NEXT for U」ゴーストレストラン一覧・比較https://wannaeat.jp/column/post_251217-ghostrestaurant-list.html
- 株式会社フードコネクション「Uber Eatsの手数料」https://www.foodconnection.jp/how-to-open-ubereats/
- Goistech「出前館の手数料・費用」https://goistech.co.jp/blog/demaecan-commission-guide/
- くりはら行政書士事務所「1キッチン複数ブランド営業で保健所の許可を取る方法」https://kurihara-gyouseisyosi.com/food-business-ghost-restaurant-opens/
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