2026年10月から、パート・アルバイトの社会保険加入をめぐるルールが大きく変わります。いわゆる「106万円の壁」と呼ばれてきた月額賃金の要件が撤廃され、週20時間以上働く短時間労働者は、賃金額にかかわらず社会保険の加入対象となります。パートタイム人材を多く抱える飲食店・小売店にとっては、社会保険料の会社負担や「働き控え」によるシフト不足に直結する重要な改正です。施行は来月に迫っています。本記事では、変更の要点と店舗運営への影響、経営者が今すぐ取るべき対策を整理します。
1.ニュースの要点:2026年10月に何が変わるのか
今回の改正は、2025年6月20日に公布された「年金制度改正法」(令和7年法律第33号)に基づくものです。2026年10月からは、これまで短時間労働者の社会保険加入の条件のひとつだった「月額賃金8万8,000円以上(年収に換算して約106万円)」という賃金要件が撤廃されます。
撤廃後、従業員51人以上の特定適用事業所で新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者の主な条件は、次のとおりです。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 2か月を超える雇用の見込みがあること
- 学生ではないこと(夜間・定時制などは対象になる場合あり)
つまり、これまで賃金額で対象外だった人も、週20時間以上という働き方の条件を満たせば加入が必要になります。厚生労働省の試算では、この改正で全国で約200万人が新たに加入対象になるとされており、パートタイム比率の高い飲食業・小売業ほど影響が大きくなると見込まれます。
なお、加入の判定はあくまで契約上の「所定労働時間」を基準に行われます。繁忙期に一時的に週20時間を超えたからといって直ちに加入対象になるわけではありませんが、契約は週20時間未満でも実態として恒常的に20時間以上働いている場合は、加入対象と判断されることがあります。判断に迷う場合は、管轄の年金事務所に相談するのが確実です。
また、現在「従業員51人以上」とされている企業規模要件も、今後段階的に引き下げられる予定です。社会保険労務士の監修記事によれば、2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上と対象が広がり、2035年10月にはすべての事業所が対象になる見込みとされています。現時点で対象外の小規模店舗も、いずれは対応が必要になる可能性が高い点は押さえておきましょう(段階的撤廃の詳細は今後の政省令等で確定するため、最新情報は厚生労働省の公式サイトで確認してください)。
2.背景:なぜ「106万円の壁」が撤廃されるのか
これまで、扶養の範囲内で働きたいパート従業員の中には、社会保険料の負担を避けるために年収が106万円(または130万円)を超えないよう労働時間を抑える人が少なくありませんでした。これが「年収の壁」による働き控えの問題です。人手不足が深刻な中で、働く意欲や余力があるのに制度上の理由で就業時間を制限してしまう状況は、社会全体としても大きな損失とされてきました。
賃金要件の撤廃は、こうした「壁」を意識した働き方の抑制を減らし、より多くの人が社会保険に加入して将来の年金や医療の保障を得られるようにする狙いがあります。短時間労働者への社会保険適用は、2016年に従業員501人以上の企業から始まり、2022年に101人以上、2024年に51人以上へと段階的に拡大してきました。今回の改正はその延長線上にある大きな一歩です。
3.店舗運営への影響
(1)社会保険料の会社負担が増える
厚生年金保険料・健康保険料は、労使折半が原則です。従業員が新たに社会保険に加入すると、その保険料の半分を会社が負担することになります。パート従業員が多い店舗ほど、対象者が増えれば人件費の増加は無視できません。最低賃金の引き上げが続く中での追加コストとなるため、来期以降の収支計画に織り込んでおく必要があります。
参考として、厚生労働省は月収8万8,000円のケースで、国民年金・国民健康保険では本人が全額負担していた保険料が、厚生年金・健康保険への加入後は会社と本人がおよそ半分ずつ負担する形になる、という例を示しています(具体的な金額は標準報酬月額・保険料率・加入先によって変わります)。会社にとっては負担増である一方、従業員にとっては本人負担が軽くなり保障が手厚くなるという二面性があります。
(2)「働き控え」でシフトが組みにくくなる
手取りの減少を避けようと、加入対象にならない範囲まで労働時間を減らす従業員が出る可能性があります。飲食・小売はシフト制で成り立っているため、一人が時間を減らすと他のスタッフのシフトにも影響し、ピークタイムの人員が不足するリスクがあります。人手不足が続く中で、働き控えによる稼働時間の目減りは店舗運営の安定を揺るがしかねません。
4.経営者が取るべき対策
(1)対象になる従業員を早めに洗い出す
まずは、雇用契約書やシフトから各パート・アルバイトの所定労働時間を確認し、10月以降に新たに加入対象となる従業員をリストアップしましょう。契約上の労働時間と実際の勤務実態が乖離していないかも合わせて点検し、必要に応じて契約内容を見直します。
(2)従業員へ丁寧に説明する
手取りに関わる話だけに、従業員の関心は高く、対応が雑だと不信感につながります。社会保険に加入すると、厚生年金が基礎年金に上乗せされるほか、病気やケガで働けないときの傷病手当金、出産時の出産手当金、障害年金の対象範囲の拡大など、保障が手厚くなります。保険料の半分を会社が負担する点も含め、メリットを具体的に伝えることが「働き控え」の抑制につながります。想定される質問に一貫して答えられるよう、事前に社会保険労務士や年金事務所に相談して説明用の資料やQ&Aを準備しておくと安心です。
(3)シフト・採用計画を前もって見直す
働き控えを希望する従業員が出た場合に備え、不足分を補う採用計画を早めに立てておきましょう。加入対象外の従業員にも、店舗全体でシフトが変わる可能性があることを共有しておくと、現場の混乱を防げます。単発・短時間のギグワークの活用や、省人化設備による業務効率化も、人員のやりくりを助ける選択肢になります。
(4)助成金を活用してコスト増を和らげる
短時間労働者の処遇改善や労働時間延長に取り組む場合、厚生労働省の「キャリアアップ助成金」の各コースが活用できます。たとえば「短時間労働者労働時間延長支援コース」は、労働時間を延ばして社会保険の加入要件を満たす取り組みを支援するもので、人手不足対策と制度対応を同時に進めやすいのが特徴です。ほかにも正社員化コースや賃金規定等改定コースがあり、いずれも取り組み前に「キャリアアップ計画書」を管轄の労働局・ハローワークへ提出する必要があります。要件は年度ごとに変わるため、最新情報は必ず厚生労働省の公式ページで確認してください。
(5)専門家・公的窓口に相談する
制度の適用判断や手続きに不安がある場合は、管轄の年金事務所や社会保険労務士に早めに相談しましょう。個別の従業員の加入可否や保険料の目安についても、年金事務所で確認できます。施行は2026年10月です。準備は今から進めておくのが得策です。
まとめ
2026年10月の社会保険適用拡大は、「106万円の壁」の撤廃により、週20時間以上働くパート・アルバイトを広く社会保険の対象に取り込む大きな制度変更です。会社負担の増加や働き控えへの対応は、パート比率の高い飲食・小売店ほど避けて通れません。対象者の把握、従業員への丁寧な説明、シフト・採用計画の見直し、助成金の活用を早めに進め、施行に向けて備えましょう。最新の要件は必ず厚生労働省・日本年金機構の公式情報でご確認ください。
出典
- 厚生労働省「社会保険適用拡大 特設サイト」https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/
- 日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/tanjikan.html
- 厚生労働省「キャリアアップ助成金」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html
- マイナビバイト公式メディア・ナレビ「2026年10月改正の社会保険適用拡大にあたり、人事・店長が従業員に説明すべきこと」2026年4月28日(社会保険労務士監修)https://nalevi.mynavi.jp/law/legal_system/18256/

